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「白石雪妃 綜合藝術」(福地筆)
20131016

書家・白石雪妃と喫茶茶会記の連動は6年近くになる。

書。その歴史は深く、上手、下手では上には上がいて、きりがない世界である。
わたしは茶会記を経営する前に古筆研究の田中親美を多く知る方を
師匠と仰ぎいろいろと御話を聴いていた。
書の世界も情報化社会により媒体・媒体のサイズすべてが
多様化している。もはや書においても二次元はもとより
三次元さらには時間軸とのレイアウト調整も必要となっている。
時間軸とは主に音楽とのコラボレーションにあたる。
これらの解き放たれた意志はとかく否定されることが多い。
「音楽家は音楽のみで表現すべきでありそれ以外は興味がない」
といった音楽オンリーの論者の言い分もよくわかる。
そのような本質を担保するロマン主義をわたしは一貫したジャズ喫茶ファンという
立場から充分に体得している。
今流にいうならば自己存在のためのスコープマネージメントになる。

ただしそれとは違う考えも私は抱いている。
ありとあらゆる要素にすべての感覚器を
対応させていくのが発信者、受容者問わない藝術に携わる者の使命である。
過去のように、ゆっくりと時間が進み
多様化がされていない長きの時代は物事に集中できた。
それ故に圧倒的普遍的な作品が生まれたが
今は時代が違う。苛烈な守るものと攻めるものの鬩ぎ合い
そんな時代と位相を合わせざるを得ないのが現代人の
宿命だと考える。

白石雪妃の美しい挑戦は
例えばこのフライヤーのレイアウトにも見てとれる。
先人の秀作とそもそもが比較できない電子媒体によるフライヤー
という形態である。
三重奏書という命名はコントラバスの岡本希輔
この素晴らしい景色に白石雪妃が力を与える。

いかに移りゆく与えられたフレームの中で最大限の美を出し切るか。
そのことを常に彼女は考えている。












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