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「血に宿るもの」(喫茶茶会記店主)
20170102



現在もなお。
可視化可能な形而下的実績で優越が事実上判定される。
これが現実である。
このことは建前上では否定されているが
自称芸術的店舗を営んでいるとよくわかる。
自虐的に「売り上げが一番だ」といっている人の方がよい意味で怪しい。
少なくともわたしの店に携わってくれている人たちはそこからの
脱却イメージをおぼろげながら持っている。

無論、知識の努力的集積により形而下的基盤が形成され
その上に固有で普遍的価値に転嫁する可能性を持つ
形而上的実存が形成されることはわかっている。
そのような強度の高い先輩も多くいるが、それは受容者に
おいては多くみることができるが、発信者にとっては
過酷な昨今になる。

発信者にもとめられるものは確固たる醸成された形而上的スキーム
への不自由的ともいえる鍛錬の反復である。
知識を持つと不自由性が晴れる。そのことは表面的にはよいこと
なのだけど、その分突破力が減退する。
真に好きなことを完遂させて他者を感動させるには
本当にたしかなことを見定めて(ここを決めることにも修練と才能が必要だ)
そこに対して愚直(無意識的)に向かうことしか道はない。
「便利社会」の波に抗う無意識的自覚性が必要な複雑な世界なのである。

わたしのような一介の店主においてもそのような発信者達の生き様の証人でありたいとも思いたいし
受容者としてはジャズが血に流れていると確信するし
仲間のタンゴ喫茶店主においてはタンゴの血が流れている。
そのような真実は知識云々の陳開の場といった芸術喫茶での必要性のある御託を超えるものになる。

「血に宿るもの」への憧憬になる




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