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『2005/1 筆 ジャズ喫茶とマイフーリッシュハート』 喫茶茶会記店主筆
20180808

昨今、ジャズ喫茶についていろいろと考えている。
2005年、当店は存在していなかったが
「ジャズ」について書いていた。

いま思えば
「ジャズ喫茶」にも置換可能であるとも考えている。
気持ちが通いあう幾何かのジャズ喫茶を通いきる人生
それこそ真のファンではなかろうか とも。


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2005/1/27


マイ・フーリッシュ・ハート


『ジャズをわかっているということ』   〜福地 史


よく世間のジャズファン(無論自分も含)は

「あいつはジャズをわかっている」
「あいつはジャズをわかっていない」

といったしょうもないことを考えたりする。


そんなとき思い出すことがある。

ある主婦がいた。彼女は一人暮らし

僕とは同期で離婚歴がある。子供がいたのかどうかは聴いていない。

当時、ここ3,4年、ワルツ・フォー・デビーの「マイ・フーリッシュ・ハート」

を毎日聴いているということだった。

他の曲はむずかしくてあまりなじめないということだった。

つらいとき、悲しいときはジーンと来るそうだ。

テレビを見ても孤独感が増すそうだ。

毎日聴いているというが、たまに仲間達と飲みにいったりしたときは

さぼってしまうとのことである。

「まあ、よくも飽きもせずに」とは思ったがたしかに

「マイ・フーリッシュ・ハート」には、ひきつけるなにかがあるようだ。

さらに、わたしは考えた。

「マイ・フーリッシュ・ハート」を本当に知っているのは彼女ではなかろうか。

そして、彼女は天上のビル・エバンスにとっても本当にありがたい存在なのではなかろうか。


彼女は、ただの甘いメロディではない、厳しい生きる規範をそこから得ていたのではなかろうか。


僕はいまでも彼女のことを考えるとき

「ジャズをわかっている」

というか

「誰よりもジャズをわかっている」

対象者の個人的な定義が明瞭になる。





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