<< 「哲学者の薔薇園」2018/6/18(mon) 有月ウエア展示会 | main | 上原英里/シャンソン・アルゼンチンタンゴ の弾き語り手 2018/9月度スケジュール >>
「木村由-片岡文明 = ジャズ喫茶選曲とダンスの対等的セッションの初演」喫茶茶会記店主筆
20180926

音楽ファンは元来音そのものを聴きたいので視覚的要素との距離感覚を考える。
ともすれば私であれば一切の視覚的要素を排除することもある。

例えば暗くにしてマッキントッシュのブルーアイズパワーメーターのみしたい衝動に駆られる。


とはいえマニアは現金でありジャケデザインにはとことん拘ったりする例もある。

喫茶茶会記も源流はジャズ喫茶の系譜にあり極力視覚的要素を回避する意識で始まった。
私が関係していた渋谷のジャズ喫茶の影響である。


ところが開店後、ふとしたことがあって視覚的要素を入れることになる。
視覚的要素との連動はとかく商業的側面が多い。
わたしの仲間からもその点において様々な指摘を受けつつ現在に至っている。

本イベントはそんな茶会記にとってヒストリカルなイベントということになる。


今日の綜合藝術・茶会記を支えてくれている木村由と
茶会記の本来的ルーツを体現してくれる片岡文明の選曲とのコラボレーション。



photo by Junko Iwasaki (深夜廟にて)


photo by Yu kimura



ジャズ喫茶の選曲とダンスの"対等的セッション"は私の範疇ではかつてないと思う。

ダンスが絡むと概ねどちらかが主になり従になるのが通例だ。

生演奏での"対等的セッション"。において木村由は
どのダンサーより場数を経験していると、私は確信している。

ただ今回の相手は生身ではなくオーディオとCDの音のみなので少々の心配があった。
ところがそれは杞憂に終わる。

片岡文明氏の真摯な音の構成に感動する。
第一級のコレクターがここまで編集するのかというダンサーに響く展開。
類型的な展開ではなく凄く禁欲的・あるいは空虚的でありつつ
初期のフリーインプロビゼーションの名演で連ねることにより強度を確保している。


木村由とパートナーの太田氏は滅多にすることがない私が設えたセットを
「自由にかえてくださいね」と申したら
「いやこれでいきましょう」と即断された。
投光器を持ち込まれていて万難の体制で臨んでいたのに。
下から放たれる光は影を生む。影コントロールを司ることができる真正のダンサー。
どのような音源が飛んできても木村由であれば対応可能である。
私の設えは上からの灯りなのでダンサーは微細なる影を武器にするよりない。
それはわたしの原理主義的本音の表出でもある。


photo by Maroomi Hosoda

想定外の設定に毅然と立ち向かう木村由に身震いを覚えた。

かつ七変化・自在な風合い。
ジャズ喫茶の女店主風の衣装と音の時代背景とマッチングした前衛的な表現は
音と同じで古さを感じない今日的普遍性を感じる。

ジャズ喫茶の強度と総合芸術の要諦の壮麗で異例な配色は今年のメインイベントの一つになる。

コメント
コメントする