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「今日的AIの隆盛について」喫茶茶会記店主筆
20181120

カレル・チャペック『RUR』的な人工知能が人間を駆逐する時代が来るのだろうか?
筆者の周りにも人工知能系の若き仲間がいる。わたしも以前はITの技術者だったことがある。
今後、先にいう『RUR』的状況はあるといってよい。ただしそれは人間がプログラミングするものである。
有機物を抹消するためのノウハウを埋め込むことによる。その手法の中で「人工知能」なるものが機能する。
ただそれは厳密な意味での「人工知能」とはいえない。
その徹底的理由とは五感でものごとを捉え、考えるということができないということ。
現在のコンピューターはノイマン型といって永久ループの中、都度センサーを働かして回路を起動
させるものである。一度に複数のセンサーを働かすことはない。システムを5個起動させたとしても
五感以上に様々な主観や経験の畜層へのアクセスもある。
それらを有機的かつ瞬間的に同期させることはほとんど不可能である。。
その不可能性は藝術の授受において顕著になる。
AIのできることはせいぜい周囲の感動体験を取捨してデータベース化して普遍妥当的な回答を提出するのみである。
このことは先のノイマン型から革命的発展がない限りありえないことである。
現在はクロックの圧倒的速度と強大なメモリ領域へのハンドリングの秀逸性のみであり、これもまた人間が演出しているもの。
「人工知能」も演出の表出に他ならない。
ただわたしはAIを否定する立場でもない。AIが誰の指図も受けず感動を感動といえる未来も
あってよいのかとも思っている。


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