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「Yasuchika氏との対話・言葉と藝術表現と」喫茶茶会記店主筆
20200325



先日、舞踊家・俳優 + 生躰研究家のYasuchika氏と氏の企画する4/30に実施するイベントについて語り合った。
その内容は私が4/24に実施する「Interpritation」に似ているということで差異分析をした。

概略すれば

私のイベントの趣旨は表現者の形而上的内奥を言語でできるだけ展開するということ。
質問者は茶会記副店主の上田である。あくまで受容者側からの問いにおいて表現者は語ることになる。
この企画は付け焼き刃ではない。茶会記は開店当初から小林秀雄全集を置いている。
小林秀雄以前の日本の藝術評論はあくまで歴史主体、表現者のテクニークの言語的代弁がほとんどだった。
その状況から受手個人の確信的印象を体系化・理論武装化させた批評における革命が印象批評である。、
今回はその流れを現代流に継承する。
スペックに拘る藝術に纏わる言説からの上昇・離脱を試みるイベントになる。


Yasuchika氏のイベントの趣旨は表現者の形而上的内奥を言語でできるだけ展開するということ。
対談者はYasuchika氏自身。あくまで表現者側からの問いにおいて表現者は語ることになる。
この企画は付け焼き刃ではない。氏は生躰研究を長く続けていて、表現者の動きについての
一定レベルまでの言語的下地を共有させようという必然性を日々抱いていた。
それは「舞踊の鑑賞入門」といったテクニカルなものではない。その上を行く下地である。
その下地の上からは受容者の自在の見方があるだろうということ。そこから見る視野は格別なものになる。
氏は武道にも精通している。武道も精神の言語的・歴史的伝達によって強度を持って現在に至っていることは自明である。


藝術表現を言葉で語ることへの忌避があることも理解する。
ただYasuchika氏の言葉を借りれば言語が発生した時代から言語と表現は深く混ざりあっていたということ。
太古の言語のない時代の人々の美的感覚を現在において共有することは難しい。
生まれた頃から言語を与えない所作は虐待に等しいのだから。


20200424 「Interpritation」
http://gekkasha.modalbeats.com/?page=1&cid=42172


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