「野本晴美さんの会にて 於 早稲田コットンクラブ」喫茶茶会記店主筆
20190123

ピアノの野本晴美さんの闘病のための応援会
晴美さんの雄姿。
実施されたイントロの茂串さんにも感動するし
ゴットファーザー中平さんとリバーサイドの会をかつて最初期の茶会記でしてくださった古庄さんにもお会いした。
かなり昔通った吉祥寺サムタイムでとても素晴らしい接客をされてよい思い出があるリーダー格の方も歌われていた。
もう店長なのかもしれない。
中平組!系統の茂串さんはファンキーグループとも連動しているのだと思って感動。
茶会記はお粗末ながら末端構成員といったところである。
中平さんはバップのみならず前衛系のコレクションにおいても絶大な実績がある方。

野本さんは茶会記でも演奏してくれた硬派なピアニスト。
お客もやはり皆カッコよくて痛快。こうじゃなきゃジャズじゃない。



「 茉莉花 contortionist 〜 FIERCIVE - IPPEI YONEZAWA」喫茶茶会記店主筆
20190117

茶会記に近頃、置いているFIERCIVE。
2015年Issueに米澤一平Procuce In the Zoneに出演される 茉莉花さんがいる。偶発的奇遇。









「retweet」喫茶茶会記店主筆
20190114

昨今、retweetで集団心理が醸成され世間が規定されているような錯覚になることがある。
とてもよい感動のretweetもあれば、結果、悪影響となるretweetもある。
是々非々である。

ただし私も含めretweetをする人は、その行為における説明責任をとれるのかと問う。
権力への対抗の面はさておき
「ちょっとやってみました」的拡散で苦しめられた人に悲劇が起こった事例もある。
なのでretweetは自己の発信の如き発露で行うべきだと自省している。
かつ今日の自己責任性への反駁自体は妥当な面もあるが
retweetの拡充は主体性のない集団心理になりかねない。

先も述べたが、
「retweet」に顕著に象徴されるネット上の拡散等は
素晴らしい感動に派生する事例も無論あるが、
時代は遡るが媒体はどうであれ肥大化した悲劇につながりかねないことは歴史が実証している。

さらにいえばretweet行為自体には創造性はない。
オピニオンやさらには藝術表現でさえもretweet化しているのではないかと危惧も考える。

自己の使命・責任の及ぶメッセージ・表現。
それがたとえ小さなものであったとしてもそれは「源泉」といえる。
そしてそれは個人の「尊厳」とも換言できる。

個々の精神性やイデオロギーの相違による対立は上等。
そんなことを超えて、他者に安易に迎合しない
礼節に満ちた「己の発信」が要諦になる。
そのことは言説のみならず藝術表現にも如実に値するものと考えている。
そしてそのような共有意識が後に自我を超えた「世界/=綜合藝術」に昇華する。


脳が溶ける文。
癒しに夢源画廊の三好氏のイラストを。




「In Case Of Nanako Kamimura」喫茶茶会記店主筆
20190111






kamimurananako.com
「路地裏de狂言 第90回目」喫茶茶会記店主筆
20190111

営々と続く大藏一門
支えている各位を



「和のスピリット」(福地筆)
「小林秀雄 photo by Kazumasa Oguri」喫茶茶会記店主筆
2010108





開店してから一貫して小林秀雄全集をおいている。
様々な誤解を受けながら現在に至っている。
個人的にいろいろな経緯があるが他者様的にはたいしたことのないこと。
開店前から懇意にしていただいている方による撮影



「2019」by Noriumi Miyoshi
20190102



http://time-remembered.modalbeats.com/
「リフレクション。2018へのオマージュ。星雲と綜合藝術〜「川村美紀子 -12星座にささぐ-  月に一度ののダンス・スペクタクル」」喫茶茶会記店主筆





2007年5月より綜合藝術を標榜して発足した喫茶茶会記。茶会記はジャズ喫茶であるのだけども
ジャズ自体が一切の類型から離脱する概念であると個人的に思っているので綜合藝術茶房を自認している。
「多様性」や「ダイバーシティ」という言葉が流行っているが、そのようなことは私は大昔から考えていた。
2002年に
http://www.modalbeats.com
というドメインを立ち上げている。
ジャズサックス奏者のかみむら泰一さんとの会話の中で「常に時代の空気を呼吸すること」を共有している。
このことはとても重要であり、わたしが描写するとそれはアンドロメダかマゼラン星雲のようである。それは雲海のようでもあり
流動的である。茶会記もその大海の一滴より何万倍も小さい一滴であることを理解し、それを認識する。
星雲の中に表現も住まう。
それは絶対的なものではなく恒星の如く時代とともに生まれ、消える。
それでもその中に普遍的であれと冀う(こいねがう)意識。
そのような一滴な所作が「綜合藝術的行動」であるとかんがえている。

川村美紀子の2018の茶会記での活動は天空を想うイベント。
たった一人が対峙できる誠実な手法。
それは類型的描写ではないリアルな完全に泥臭い日常だ。
その突き刺さる意志が天空に跳ね返させる。

上記を定義するとあえて
「反射(リフレクション)」としたい。

その概念を川村美紀子は見出している。

そのことは普遍概念に比肩するものと手前味噌もあるが思料している





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今日も夜空は暗く、街のネオンと他人のスマートフォンが星よりも光っている。
まるで、浮かんでいた星がみんな落っこちてきたみたいだ。
やたらと眩しくて仕方がないので、星座を踊ってみようと思う。

川村美紀子.



https://youtu.be/Ka7dssPZNEs
「葛巻町・ちょっと日曜ジャズ喫茶」喫茶茶会記店主筆
20181212

先日中国茶会の佐藤さんがジャズ喫茶のご店主を連れてきてくださった。
地方ジャズの空気感をいただいた。是非岩手に行く際には立ち寄ろうと思っている。


「ARBAN 【喫茶茶会記/キッササカイキ】新しい芸術が毎日生まれているジャズ喫茶 取材・文/富山英三郎  撮影/高瀬竜弥 2018.10.26」喫茶茶会記店主筆
20181210
私が思わず本音を口出したことをキッカリとフォーカスするARBAN。恐るべし



https://www.arban-mag.com/article/24770
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