山村暮鳥のうた 隔月イベント【うたのとぐち 其の六】より 於 喫茶茶会記
 「太陽はいま蜀黍畑にはいつたところだ」


 
一日の終りのその束の間をいろどつてゆつたりと
 
太陽はいま蜀黍畑にはいつたところだ
 
大きなうねりを打つて
 
いくへにもかさなりあつた丘の畑と畑とのかなたに
 
赤赤しい夕焼け空
 
枯草を山のやうに積んだ荷馬車がかたことと
 
その下をいくつもつづいてとほつた
 
なんといふやすらかさだ
 
此の大きいやすらかな世界に生きながら人間は苦んでゐる
 
そして銘々にくるしんでゐる
 
それがうつくしいのだ
 
此のうつくしさだ
                            
どこか深いところで囁いてゐるこほろぎ
 
自分を遠いとほいむかしの方へひつぱつてゆくその声
 
けれど過ぎさつた日がどうなるものか
        
何もかも明日(あした)のことだ
 
何もかも明日のことだ










(店主より)

様々な捉え方があると思います。
詩の受け方には「無音」という想像上の+アプローチもあるのだとも思います。
それでもこの大野さんの解釈からまた新しい感動を受け手自身が
新しい感動をもたらす可能性もあります。
ブルガリア音楽・バグパイプの奏者であることと並行し、
一貫して暮鳥を何度も何度も詠い続けている大野慎矢さんと信頼できる仲間
との表現をご堪能くださいませ








<< | 2/2PAGES |